「小田日和」を初めて聴いてびっくりしたこと(K.ODAへの思い込み旅~「小田日和」①参照)。「そんなことより幸せになろう」という冒頭の曲の出だしから、そうでした。あっけにとられた、というか。
 春に心弾むような、とても明るいメロディーで、こう歌われます。

 「そんなことより幸せになろう 誰にも負けないくらい幸せになろう」

 このフレーズがサビになって、最後まで6回繰り返されるのです。
 小田さん、あなたってこういう歌を作る人だったんでしたっけ?~というのが、最初の感想でした。そもそも「幸せ」というストレートな言葉に照れたり、手放しの幸せ感に懐疑的だったり、じゃありませんでしたっけ?

 私が、同時に思い浮かべたのが、同じ小田さんの「倖せなんて」という曲。これはもう1975年に飛んで、オフコースのアルバム「ワインの匂い」に入っています。こんな歌です。
 「どんなにあなたを愛しても愛されても あふれるほほえみに包まれた時でも」「よく晴れた午後には誰も知らない街へ ひとりで消えていきたい」「倖せなんて 頼りにはならないみたい」
 この詞が、ジャンジャンジャン スッチャチャンチャン というゆっくり重たいストロークのギターに乗せて歌われます。挽歌の足取りのようでもあり、憂鬱でけだるい気分をそのまま音にしたように、心が晴れぬまま曲は終わります。

 そんな昔の歌を引っ張り出さなくとも・・と言われそうですが、この「ワインの匂い」と76年の「SONG IS LOVE」は、人生で一番多く聴いたアルバムの中に入ります(その後の「JUNCTION」「FAIR WAY」まで、二人組だった時代)。しかも、あれこれ多感で理由もなく揺れやすい?大学生のころ。「愛し愛されるあなた」がいるのに、心はどこかうつろに孤独で、「幸せなんて」「どこかへ消えていきたい」という世捨て人のような漂白願望が消えていかない・・(そんな「あなた」は現実にいませんでしたが)。

 このどうにも頼りない感覚はオフコース前期(二人組時代)の小田さん歌に通底していて、「僕にとってほんのささいな言葉のやり取りも いつも先のことばかり考えていたから あなたにしてみれば離れていくように見えたの」という「別れの情景(2)~もう歌は作れない」(74年のアルバム「この道をゆけば」)から、「こんなことは今までなかった ぼくがあなたから離れていく」という「秋の気配」(77年の「JUNCTION」)に続いていきます。そして、最後は「心 はなれて」の絶唱になるまで(81年の「over」)。

 それゆえ、「そんなことより幸せになろう」と歌われるのは、大げさに言えば人生観、世界観が180度変わるような出来事で、自分にしても当然すぎることですが、時の流れや変化を思い切り感じたわけです。そのあたりは、小田さんのライブに通われたり、リアルタイムで一緒に歩いていたファンは違うのだろうと思います。ただ、大震災や原発事故の現実に何年も生きて、「幸せ」という言葉が周りから消えていた中で、自分にはとても衝撃的に響いたのでした。

 どこか心離れる危うい距離感にあった「あなた」は、「そんなことより幸せになろう」では目の前におり、「ぼく」は励まし、勇気づけています。なんて力強い言葉が語られているのでしょう(以下は大意です)。

 「どうして、そんなにつまらないことばかり気にしてるの?」「時は過ぎて変わっていくのに、自分だけそこにとどまって悲しみを探している」「まわりのすべてを受け入れて、変わっていこうとする勇気があるなら」「いつだって主役は自分なんだ。誰かと比べるなんて、やめなよ」「そんなことより、胸を張って、歌でも歌うように楽しくいこうよ」「何とかなるよ、気持ち一つで。心配せず、明日に任せよう」

 かつての微妙な関係はすっかり変わってしまいました。目の前にいる、あるいは、いろんな悩みの中にいる誰かに向けて、じかに語り掛ける。それが、小田さんの歌のいまであり、「誰のために歌うか」という大きな問いへの答えなのでは。それを、自分にも語り掛けられたように感じたのでした。(続きます)

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